実際に参拝・写真はすべて自前
由緒・創建
武蔵国の一宮。関東を中心に約280社ある氷川神社は、この社から分かれたとされる。平安時代の『延喜式』(927年)には、国家が特に重んじた「名神大社」として載っている。
明治元年(1868年)、東京に移った明治天皇はこの社を武蔵国の鎮守・勅祭社と定め、自ら大宮に出向いて祭りを行った。関東の神社で天皇が自ら祭りを行ったのは、ここが最初。
参道に連なる鳥居の一つ。古社らしい風格が漂う。
社号の額が掲げられた鳥居。奥には朱の橋が見える。
見どころ
約2kmの参道(日本最長クラスとされる)/三の鳥居/蛇の池(境内の湧水)/参道の東に広がる大宮公園——かつての境内の森。
境内に連なる朱の鳥居。柱の一本一本に、奉納した人の名が記されている。
境内の池に架かる朱の橋。湧水で満たされた蛇の池と伝わる。
境内社・氷川稲荷神社へ続く朱の鳥居の列。
参拝のポイント
参道は長い。大宮の街なかから、並木の下を社殿までまっすぐ続く。急いで歩く道ではないが、この長さこそが一番記憶に残る。社殿に着いたとき、ここまで歩いてきた道のりも参拝の一部だったと分かる。
参拝の作法の入口となる手水舎。季節の花が飾られている。
文化的背景
「大宮」という地名は、この社を「大いなる宮」と呼んだことに由来するとされる。町の名前の方が後から付いた。
武蔵国の一宮には異なる伝承が並んでいる。氷川神社は今「武蔵一宮」を掲げ、府中の大國魂神社の六所宮では小野神社が一之宮・氷川神社が三之宮とされる(→神々と、この地図の分類。寒川神社と鶴岡八幡宮が両方「相模国一宮」を称するのと同じ型)。
そして森の一部は公園になった。明治の初め、境内の森の一部が国に上げられ、1885年に「氷川公園」として開かれた。いまの大宮公園。参道から公園へ歩くと、社の森がかつてどこまで広がっていたかを足で知ることができる。
境内を覆う木々の梢。長い参道を通じて、都市の喧騒から少しずつ切り離されていく。
社殿の屋根と空。関東随一の格式を持つ一宮の、静けさを湛えた佇まい。
かつての境内。いまは大宮公園として開かれている森。