日本と神社——8万の社がある国で
- 神道には教祖がいない。経典もない。入信の手続きもない。 誰かが作ったものではなく、いつの間にかそこにあった——という形で今日まで来ている。だから「信者」という数え方が成り立たない
- 多くの日本人は、神社にも寺にも行く。 結婚式は神社、葬式は寺、12月にはクリスマスを祝う。矛盾ではなく役割分担として理解されている
- 見分け方はひとつ=鳥居があれば神社、仏像があれば寺。 ただし両方ある場所もある。1,000年以上のあいだ、神社と寺は同じ敷地に共存していた(次の節で詳しく)
- 祈る対象が違う。 神社は今生きているこの世のこと——健康、仕事、合格、安産。寺は死後と先祖。だから神社に墓は無い
- ⚠️旅行者が知っておくと楽になること=神社は誰でも入れる。拝観料が要る社はほとんどない。信仰の有無も問われない。服装の制限もなく、タトゥーも咎められない(温泉とは違う)
神社と寺——見分け方
神社
寺
鳥居があれば神社、仏像があれば寺。
なぜそうなったのかは、1,500年さかのぼると見えてくる。
歴史——神社が国家と結ばれ、ほどかれるまで
今ある神社の姿は、ほとんどが明治以降に整えられたもの。建物は古くても、制度は新しい。
- 古代——社殿が無かった。 山、岩、森そのものを拝んだ。今もその形が残っている社がある——奈良の大神神社は本殿を持たず三輪山を拝み、静岡の山宮浅間神社には社殿が無く富士山を遥拝する。建物は後から来た
- 6世紀・仏教伝来 → 神仏習合。 以後1,000年以上、神社と寺は同じ場所にあった。神は仏が姿を変えたもの、という説明で共存した
- 927年・延喜式神名帳——朝廷が2,861社を台帳に載せたとされる。国家が神社を一覧で管理した最初。ここに載った社を「式内社」と呼ぶ
- 平安後期——一宮の成立。 国ごとの序列が自然に定着する(→「神々と、この地図の分類」で詳しく)
- 中世——源氏が八幡を武神として担ぎ、武家政権とともに全国へ広がる。熊野詣が流行する
- 江戸——お伊勢参り。庶民が旅をする口実として神社が使われた。数百万人規模の集団参詣が起きた年もあったとされる
- 🔴明治——神仏分離と国家神道。 政府が神社と寺を強制的に分離。廃仏毀釈で多くの仏像・経典が破壊された。神社は国家の施設と位置づけられ、官幣大社・国幣大社といった社格が制度化された
- 🔴戦後——国家管理の廃止。 神社は民間の宗教法人になり、社格制度は廃止された。だから今は「旧官幣大社」と「旧」が付く
- 現在——約8万社とされる。多くは地域の氏子の寄付で維持されている。過疎で維持できなくなり、宮司が常駐しない社が増えている