祭神五十瓊敷入彦命
創建社伝では景行天皇14年、竹内宿禰が丸山に祀ったのが始まり
格式昭和14年に国幣小社
実際に参拝・写真はすべて自前
History
由緒・創建
祭神の五十瓊敷入彦命は垂仁天皇の長男。『古事記』『日本書紀』に、諸国に八百の池溝をひらいたと記される(公式)。薨去の翌年(景行14年)、竹内宿禰が稲葉山近くの丸山に祀ったのが始まり(社伝)。天文8年(1539)、斎藤道三が稲葉山を居城とするにあたり、今の麓に遷した。昭和14年に国幣小社となった。
配祀は、渟熨斗媛命・日葉酢媛命・彦多都彦命・物部十千根命。
石の鳥居と、奥へ続く参道。
Highlights
見どころ
石の鳥居をくぐると、石畳の参道が続く。奥にもう一つの鳥居と社殿が見える。長い石段の上に、門が建つ。境内には、石組みと流れのある庭がある。石段の脇には、小さな社(秋葉社)がある。
石畳の参道の先に、もう一つの石の鳥居と社殿が見える。
上へ続く石段。上に門が見える。
石組みと流れのある庭。石灯籠が立つ。
境内の小社。石柱に「秋葉社」とある。
Background
文化的背景
水を防ぐ神。揖斐・長良・木曽の三つの川に囲まれ、洪水に悩まされてきた土地。陰陽五行の「水を制するには金」から、周りには金と水の地名が多い(公式)。